忘れられない出来事というものが、人生には必ずあるものです。
2018年3月、宜野湾市で開催されたブレイクスルーランフェス、この時、ペースメーカーとして県外からトップ選手を招待して盛り上げようという話があり、関係者から「誰か呼べませんか?」と相談を受けたのです。
私は「果穂と玲奈なら呼べるよ」と即答しました。
そうしてやってきたのが、ユニクロを退社する直前の林田玲奈と、第一生命を引退した西澤果穂でした。
その記録会から1年後、今はもうないのですが、別のブログサイトに書いた記事を以下そのまま転載します。
長距離種目の記録会、第2回ブレイクスルーランフェスが宜野湾市で開催されました。 昨年に続き、車いす陸上の選手の伴走をしてきたのですが、今日記事にするのは一年前、3月17日に開催された前回の記録会のことです。 もう1年経ったから振り返ってもいいのかなと思い、少しだけ書き残しておきます。 全部は書けないので、あまり上手くまとめられませんが…。
第1回大会でペースメーカーを務めてくれたのは、林田玲奈さんと西澤果穂さんでした。 どちらも所属していた実業団チームを退社して間もないころでした。
※撮影:屋良優海子 林田さんは引退を決めていましたから、引退前に、楽しくて記憶に残る走りをさせてあげられたらという想いが私にありました。 それを若い車イス選手と一緒に走ることで、ランナーとしての林田玲奈を記憶に残してもらえたら、何か伝わるものがあれば良いなと。
西澤さんは、これから先まだ悩むことがあるだろうという時期でした。 陸上をやっていてよかったと、そう思うことが出来るきっかけがあればと考えていました。 そしてそれが、ラストランというほどではないにせよ、一区切りつけられるようなものになればと。 無理に走り出すこともないし、走ることを辞めたとしても、あなたのこれまでの競技人生は間違いではなかったと、私自身が西澤さんに伝えたかったのかも知れません。
いずれにしても、結果は大成功だったと思います。 後日、琉球新報に掲載された記事がすべてを語ってくれていました。 西澤さん、林田さん、そして二人をペースメーカーに走った車いす選手も得るものが多い3000mだったのではないでしょうか。
さて、ラストランとしたのは、私自身にも区切りをつけるためでした。 ここから先は、走っても走らなくても、この二人の人生を応援することを再確認するために。 そして今、その継続が出来ていることが何よりも嬉しい日々です。
この大会の翌日、私は二人に沖縄を案内します。
その日は私の誕生日でした。
誕生日を林田さんと西澤さんと過ごしたこともあって、生涯忘れられない日となったのでした。
ちなみに、林田さんと西澤さんがペースメークした車イスランナーは安村妃良梨さん。
最後に当時の新聞記事を紹介しておきます。
